日本の中でハーフとして生きる

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「日本の中でハーフとして生きること」について最近考えさせられた出来事がありました。


長男がお世話になった日本の小学校に田舎では珍しくハーフの子が同じクラスにいました。
その子(A君)のお母さんは日本人、お父さんはアジアの他国出身。
一家は一年程前にお父さんの出身国からこの町に移住してきたとのことでした。


先日A君と会う機会があって、お父さんの出身国の言葉を話せるかを一言聞きました。
すると、こちらを睨みつける表情で何も答えず、まるで「そんな話をするな」と言っているようでした。


A君と同じクラスにお世話になった長男に聞いてみると、「あ、A君はお父さんの国の言葉を人前で話したがらないよ」という答えが返ってきました。以前話して、クラスメート達に笑われたのが原因のようです。


そのクラスメート達には悪気は無かったと思うのですが(その言語の持つ独特の音を不意に笑ってしまったのだと)、A君にとってはとてもショックだったのですね。私がA君でも自分の父親の言語を話して笑われるというのはとても悲しく、そして腹立たしく感じると思います。


長男の場合、自分や父親が話す言語が英語というだけで日本の小学校では「生の英語の発音に触れられてこちらの生徒たちにもいい機会となりました」と言って頂けましたが、それが違う言葉であったならば学校側の反応も違ったものになっていたかもしれません。。。


私の実家のある小さな田舎でも昔に比べ少しずつアジア系の人たちや他国の人々を見るようになり、ハーフの子供たちも少しずつ見かけるようになりました。でも、その方達やハーフの子供達に対する風当たりは都会と比べ物にならないくらい強いのかもしれません。


長男も以前、自分が通っている公立小学校で「チャイニーズ」と呼ばれるよ、と言っていました。人口四千人の白人だらけのアメリカの片田舎で我が家の息子たちも同じような状況にいるのかもしれません。大きな街であれば、移民の子たちなんてたくさんいますから。


私が息子達のアメリカの小学校に絵本を読んだり昼食を一緒に食べに行ったりすると、「あなた、チャイニーズ?(アメリカの子にとってアジア人といえば中国人)」、息子と日本語で話していると「スペイン語しゃべってるの?(アメリカの子にとって外国語は大体スペイン語)」と興味津々に聞いてきます。


息子に「自分がハーフでよかったと思う?」と聞いてみると、躊躇なく「うん」と言ってくれました。
「どうして?」と聞くと「色々な言葉を話せるようになるから。そして色々な国を見れるから。」だそう。


日本人と結婚していたら、考えも巡らさなかっただろうハーフの子育て。


どこの国に生まれようと、どんな血を引こうと、自分に自信を持ってこれからの人生を生きてほしい、そう願うのは私だけではないはず。




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