振り返る

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(熊本県の鍋が滝にて。熊本には美しい場所が無数に存在します。滝の内側に入れる珍しいところです。)


さて、ただ今子供達3人がアメリカの祖父母と共に隣の州へ旅行中です。
その間にゆっくりとさせて頂いています。

こういう時は色々と考え事をするのに良いですね。。。

長男が生まれて10年間育児で走り続けてきてちょっと一息、この機会に思うことを自由に綴ってみたいと思います。

教育学の学位を持っているにも関わらず、アタフタし続けた10年間でした。
学位を取れば、数年の教育経験があれば子育てなんてあまり苦労しないだろうと考えていたわけでもないのだけれど、育児は本当に学びの連続でした。

そしてそれは現在進行形でもあります。

この10年間の育児の中で私にとって一番困難かつ重要だったことは、過去の自分と向き合うことでした。

実母に自分が幼い頃どのように育てられたかを、そっくりそのまま知らず知らずのうちに繰り返す。人間というのは皆そうだと思います。

私にとっては、教育学を学んでいたからこそ、そこをふと立ち止まって振り返ることができたのは幸運だったと思います。


私の両親は私が幼い頃から夫婦として家族としての問題をたくさん抱えながら、共同経営で事業を行っていました。
1歳の頃からずっと保育園に預けられ、父方の祖父母と両親との間で交代に育てられた3人姉弟の長子として私は育ちました。
借金、浮気、アルコール、この3大キーワードを聞いただけで、今考えるとあまりいい環境で育たなかったことがわかります。

自分の家の電話に盗聴器を仕掛けたり、祖父の自殺未遂を間近で見たり、、、こういうことは普通の家庭ではないですから。
私の心にはしっかりと子供ながらに脳裏に焼き付いています。

こういうことを思い出すこと、頭の中で整理することが、私の育児のスタートでした。

なぜなら、ほとんどの大人はこの過去を振り返ることを行わずには、親の代と別の育児のやり方をすることはできないからです。
自分が子供時代嫌だったことを思い出し、それを明確にし、自分の子供たちにそれを繰り返さないように心に刻むことはとても大切なことですから。

親だって叩いたり物を投げたり公衆の面前で恥をかかせたり、やり方は間違ってますが一生懸命それが正しいと思って子育てをしてきたし、それを自らの親にも受けてきたのでしょうから。

…と、考えると暗くなりそうですが、誰も責めることはできないのでしょうね。

ただただ、自分がこの受け継がれた悪しきループに気づくことが出来、自分の代で修正を図る努力をしなければいけないと気づいただけでも幸運でした。

こういう意味で、子供を授かったことはとても有難いことでしたし、多分、他の人よりも子育てから学ぶことも非常に多かったのではないかと思います。

自分で子育てをしながら、自分の中にいる小さな頃の自分も子育てしたり癒している感じでしょうか。


私の実母は「自分が正しい」と昔から自分の意見を強引に押し付けるような人間でした。

自分が選んだものを着て、自分の言うことを聞いていると全て上手くいく、というような教育をしていました。
保育園や幼稚園、小学校で先生の言うことを良く聞いていた私は、いつの間にか「考える」「物事に向き合う」ということをしなくなっていました。

「すべては人が正しい」、「自分は間違っている」という自分は無能という価値観がずっと私の中にありました。

今考えると、これを覚えているからこそ、現在我が子に施している教育があるのかもしれません。

それでも親になることはこんな私を成長させてくれました。
今まで与えられた環境の中で学習することが、人に高評価を受けることが目的だった私の人生に、自分で「考える」という行動をもたらし、私自身が正しいと思うことを追求する選択肢を許してくれました。

小学校の時にあれだけ嫌いだったにも関わらず、本を読むようなり、学ぶことを楽しいと思えるようになりました。

自分の子どもには何が最適なのかを「人に任せず」自分で考えるようになりました。

我が子の育ちをサポートすることで、こんなにも自分自身に成長や気づきをもたらすことができるのかと驚くばかりです。

食べ物、生活習慣、行動力、生き方、他人への思いやり、健康、様々な分野に心を巡らす。考える。

子育てにそういう機会を絶えず与え続けられています。


後、やはり旦那さんと義父母の存在に感謝せざるを得ません。


ふと、こういうことが頭に浮かんだので活字化してみました。

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