語学教育:結局のところは、、、

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(市民図書館には工作テーブルが設置されていて、長女は図書館に行くとこのテーブルへ直行します。彼女が黙々とバレンタインズデーカードを兄たちに作っている間に私は息子たちに頼まれた本を探します。)

さて、以前私の周りの親御さんたちの語学教育と我が家の語学教育について少し書きましたが、そこで書き足りなかったことを追記します。

私の周りの語学教育

我が家の語学教育


私は20歳の時に初めてアメリカに来ました。日本では英語の読み書きは学びましたが、本格的に話し始めるのはこの時からでした。

うちの旦那さんは)ヨーロッパ出身ですが、12歳の時に母親についてアメリカに移住してきました。
彼の母国語は英語ではありません。

私も旦那さんも大学時代も今も、色々な移民の友達がいます。
皆人生のある時点で、アメリカ移住を始めた人々です。

当時戦争から逃げてきたアフリカ人難民30歳、現在は公立高校のスペイン語の先生。
英語、フランス語、スペイン語、そして生まれ育ったアフリカの部族語を2種類使いこなす男性。

高校入学時にアメリカに単身乗り込み、大学ではエンジニアリングを専攻、スタンフォード大学院で学び、現在はバリバリのエンジニアの女性。

当時20代で自国の大学を卒業後、アメリカの大学院、修士課程を終え、州立大学の機械工学の教授になった男性。

当時20代で自国の大学を卒業後、アメリカの大学院、修士課程を終え、州立大学の電子工学の教授になった男性。

当時20代で自国の大学を卒業後、子育てと並行してアメリカの大学で再度学びなおし、州立大学の数学科の講師に就いた女性。

当時20代半ばのアフリカ難民で、働きながら大学を卒業後エンジニアになった女性。

当時20代でアメリカの大学を卒業し、アメリカ白人男性社会のソフトウェア会社で管理職に就く日本人女性。

今思いつく人達を少し書いてみましたが、私がここで何を言いたいのかというと、上記のようなアメリカで活躍している人たちは幼児期から英語教育を受けていたわけではないということです。

私達のように小さい頃は自分が生まれ育った国の言葉で会話し、自分の意思でアメリカに将来を見据えて移住してきたケースがほとんどです。自分で決意し語学を勉強し、語学や文化の壁を乗り越えて、今に至る人たちです。

外国出身でも、アクセントが強くても、能力とやる気があれば、アメリカ生まれの人たちと同等やそれ以上のことを達成できます。
それがアメリカなのだと、移民を受け入れている国の強みでもあると思います。


結局は語学できる出来ないではなく、自分のやりたいことを阻む困難を乗り越えていける人格かということになるのではないかと思います。言語はアクセントを気にさえしなければ、人生のどの時期からでも習得は可能だと思います。

(高校2年の時にアメリカの大学入学の為に受けたTOEFLの会場で見かけた白髪の御年輩の方のことを今急にふと思い出しました。)

我が家の旦那さんは12歳の時にアメリカの中学校に入学、中学、高校、州立大学の工学部を卒業し、現在はエンジニア。インドやヨーロッパなど海外を仕事で飛び回ながらフルタイムで働き、フルタイムで大学院でも学んでいます。ちなみにこの大学院(大学)は全米のカレッジフットボールで強く、長男はこの大学に入りNFLのプロフットボール選手になりたいと夢見ています。

旦那さんの仕事場は白人も多いですが、インド人や他国からの移民も多いです。
日本企業を含め海外の色々な国の会社と仕事をしています。

そういう時代なのです。

英語の発音を気にして小さい頃から教育しようがしまいがあまり関係はなく、最も大切なのは「一生学び続けること」だと思います。
所詮語学はその中で多用するツールでしかないのです。

子どもの英語教育を気にする前に、人間を教育することで一番大切なことは何なのか、子ども達が子ども時代に身に着けていなければならないことは何なのか、私達親がきちんと考えておくべき必要があると思います。


最後に、上述した4人(スタンフォード卒、2人のエンジニアの教授たち、数学の講師)はイスラム教徒です。彼らは皆頭が良く、アメリカを長年支え続けてきた人たちです。アメリカという国はイスラム教徒を含む移民の恩恵をずっと受け続けてきた国であることを忘れてはいけないと感じる今日この頃です。







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