ベテランズデー

P1070221.jpg
(3歳の娘がDoc McStuffinsという子供番組を好んで時々見るのですが、自分もDoc McStuffinsになりたいということで一緒に作った聴診器です。作ってから2週間は経っていますが、今日も使って遊んでいました。こんな出来栄えのものでも本人にとっては特別なよう。)


今日は22℃の暖かい日でした。
今年は11月も半ばを過ぎているというのに、暖かな陽気が続いています。
明日も16℃の予報、でも明後日は4℃の予報です。この急激な気温の上がり下がりで毎朝の洋服選びが大変です。

実を言うと最近少し自分の中でイライラというかモヤモヤしていて、恥ずかしながら子供たちへの対応もかなり大雑把で、気分転換にお友達に「1時間後にハイキング行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」とテキストしてみました。
そして1時間後に2人の女の子を連れてお友達がハイキング場所に登場、我が家の娘と同い年と1つ上の子達3人で約30分程のハイキングをして、その後近くの公園で30分程遊びました。

私の近所や学校関係の知り合いは4人兄弟や5人兄弟が多いのですが、このお母さんも5人の子持ちです。
4歳の娘さんが5番目。米白人で、週5日はベビーシッターを、毎週土曜日は車で1時間半のギフテッドスクールで講師をしていて、たまに我が学区で非常勤教師もしているスーパーママです。
アメリカは何人子どもがいようがこんなパワフルママが多いです。

前日は隣町の子どもミュージアムで9人の子供たちをホームスクールしている(そのうちの3人は大学卒業して働いているそう)米白人ママさんに会いました。
54歳で8ヶ月、2歳、3歳、4歳、中学生2人を連れていました。中学生2人は養子で、あとの7人はご自分が出産されたそう。このママさんんはもともと学校の先生だそうで、ご主人は現在も学校の先生として働いているそうです。


さて前置きが長くなりましたが、この子どもミュージアムはファミリー会員として長男が小さい頃から通っているのですが、数週間前に深く考えさせられる出会いがありました。

週5時間このミュージアムで働いているというおじいちゃんに「あんたはチャイニーズかい?」と聞かれたことがきっかけでした。ニコニコと物腰の柔らかいおじいちゃんで、「いえ、日本人ですよ」と答えると、「東京から来たの?」と次の質問がきました。

「いや、日本でも南の方でね、田舎のほうなんですよ。長崎っていうところから来たんです。」と答えると、急におじいちゃんの顔色が変わりました。


そしてため息をついて、「ナガサキ、、、。すまないね。君のご家族は大丈夫だったかい?あのとき(長崎原爆投下)はああするしかなかったんだ」と床を見つめながら話されました。

このおじいちゃんは米白人で、第二次世界大戦時代はまだ小さな子どもだったようですが、彼の言葉と表情が私の心に深く突き刺さりました。
結局返す言葉を探しているうちに、娘が他のセクションへ走りだし追いかけなければならず、何も言えなかったのですが。。。


ナガサキと聞いてこういう反応をしてくれたのはこのおじいちゃんが初めてでした。

ナガサキなんて今まで出会ったアメリカ人では知らない人が多く(もしくは知っていてもそれを言えなかったのか)こうやって心の中に留めて歴史に心を痛めているひとがいてくれる。アメリカ人にはヒロシマは知識にある人もいたけれど、なかなかナガサキなんて覚えてくれている人はいない。

とてもありがたく、辛く、一方でこういう風に思っていてくれる人がいるから未来に希望がもてるのだと感じました。

戦争を経験していない後世に生きている私達にも、勝利した側のおじいちゃんの心にも深く傷を残している戦争というものがどれだけ長くにわたり人々に苦しみを与えるものか、改めて色々と考えさせられたできごとでした。

そして、11月11日は「ベテランズデー」でした。
1年の中で私にとって心の中がざわつく日です。

今年は初めてこの日が学校休みとなりましたが、その前日に我が学区では小学校で退役軍人の人たちを招いてその人たちの勇気や活躍を讃えるセレモニーが行われました。そこには第二次世界大戦を経験した退役軍人のかたもいらっしゃったそうです。

長男の話によると、生徒たちが陸、海、空軍の軍歌を覚えて退役軍人の方々に歌のプレゼントをしたそうです。
音楽の時間に歌を覚えて、「軍人はヒーローだ」とセレモニーの中で生徒は学びます。
毎年このようにセレモニーがあり、高校生も3年生にもなればリクルーターが学校に軍隊への勧誘に来ます。
これは私達が住んでいる米白人97%の4000人規模の学校区の話ですので、アメリカの他の公立校が同じなのかはわかりません。

批判があることを承知で自分の気持ちを正直に書かせてもらえば、毎年そのセレモニーの朝は快く自分の子どもを学校に送り出す気持ちにはなれません。

お隣さんも退役軍人で、長男の仲良しの子のお父さんも退役軍人、日本の安全保障の為に力を貸してもらっている米国の軍隊なわけですが、過去にイラク戦争へ息子さんを軍人として送った知人を目の前に見てきたことや、アフガニスタン紛争へ行く軍隊を目の前で見送った経験、毎日の早朝のニュース番組の前にテレビで殉職した兵士の名前(殆どが20歳前後の若者達)が放送されるのを見た記憶から、やはり自分の子どもを軍隊のプロモーションの日には通わせたくないと思ってしまうのです。

ナガサキに生まれて、毎年8月9日に学校の平和集会で原爆後の写真を見て、実際に原爆にあった人たちの話を聞いて、戦争に行った祖父の話も手伝い、私が受けた「戦争は悲しみ以外の何も生み出さない」という教育と、息子の学校が提供している「軍人はヒーローだ」という教育が真逆で、毎年ベテランズデーに私の心の中の葛藤が大きくなるわけです。

勿論、戦争のない世界、「ベテランズデー」のない世界が私の理想の世界ですが。

Comments

Private comment